明治36年
(1904年)

福岡県浮羽郡田主丸にて12人兄弟の次男として生まれる。 父は開業医だった井手時雨郎、母はテル。
     
 
中学1年
の頃
  脊椎カリエスにかかり1年間休学
     
      佐賀高等学校卒業
     
      九州大学農学部農芸化学科入学。ラグビー部創設に関り学業以外でも活躍。
     
 
昭和4年
(1929年)
  同卒業。同時に金子恭輔教授(工学博士)の養子となる。
     
     

平壌にて農学校の先生となる。この間軍の召集を3度受ける。

     
 
昭和24年
(1949年)
  熊笹の細胞壁を破って、細胞原形質を抽出することに成功。この抽出液を「サンクロン」と命名。
     
 
昭和29年
(1954年)

 

「サンクロン」が健康保険適用医薬品となる。
     
 
昭和33年
(1958年)

 

雑誌「創健」発刊 拡大
     
 
昭和37年
(1962年)
  日本創健会発足
     
 
平成6年
(1994年)
  5月11日死去。享年91歳。
       
       
 
 

 

 

 

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