哲学的思索から生まれた「太陽のクロロフィル」
 自らの病弱もあって、卯時雨は哲学的に健康をとらえる。この哲学的思索は養家の祖父である井上円了(1858〜1919。明治時代の哲学者 、仏教家。東洋大学の創立者。妖怪研究家としても有名)の影響が大きい。円了は明治37年(1904)、東京都中野区江古田和田山に精神修 養的公園として、哲学堂公園を開いた。1万5600余坪の広大な敷地は深い緑に包まれ、“哲学的建物”が園内に建てられている。
 この公園は円了の遺志で東京都に寄贈され、現在、中野区が管理し、一般に開放されている。
 卯時雨は後年、哲学堂に繁る植物群を格好の実験材料に、基本生活に寄与する植物は何かと、研究に明け暮れた。そして、辿り着いたの がクマザサだった。だが、クマザサの細胞壁を破って細胞液を抽出する技術の開発に手間取り、成功を収めたのは昭和24年(1949)だった 。画期的なこの方法は、クマザサの生葉から樹脂を除去してのち、アルカリ性液で細胞膜を破壊し、さらに細胞内容物を加水分解する工程 を経るもので、特許を得ている。
 緑色のこの抽出液を卯時雨は「太陽のクロロフィル」という意味を込めてサンクロンと名付けた。植物細胞液の抽出に最後までこだわっ たのは、動物は緑黄色野菜を摂っていなければならないはずだ、という健康哲学が根底にあったからである。
 卯時雨はのちに生理学を研究し医学博士号を取得するが、たどりついた健康観は“創健生活”である。健康を保つ保健を一歩進めて、 自らの健康を創る“創健”に人生の意義を見いだした。小冊子『創健生活』(創健研究社刊)を昭和33年より定期刊行し、今日まで続いて いる。講話会活動に力を入れ、“健康は生活のすべての総決算である”旨を説いた。
 彼は病人を調査し、次の結果を得た。
 (a)呼吸量=小さく浅い。
 (b)水分量=過大か、過小のものあり。
 (c)食事=野菜類が非常に少ない。糖質・動物性蛋白質・脂質が多い。菓子類が多い。
  酸味が少ない。咀嚼(そしゃく)数少ない。
  乾物はそのまま食べられない(これらから唾液が少ないか出ていないことがわかる)。
 (d)動き=ほとんど全員に、多少・大小の差異はあるが体癖あり。
  上のような乱れがあった場合、次に呈示する基本生活の是正が必要である。
 (a)呼吸について=深呼吸(深く呼(は)いて元に戻し自然に空気を吸わせて、2〜3拍心間、
  息んで加圧させる。この一連を繰り返す)を日に200〜300回、適宜に分散して行う。
 (b)水分=渇きがあれば、自由に、噛むようにして飲む。
  清涼飲料については、糖分の多いもの、特に燐酸酸性のものは絶対やめる。
 (c)食事=動物性蛋白質・脂質は原則としてやめさせ、植物性のものに代替して、
  野菜類を三皿、蛋白質類を一皿、糖質類を一皿の割にする。調理は硬めに煮炊炒させ、
  少量ずつ口に入れ、少なくとも20回噛ませる。
 (d)体癖=できるだけ硬いベッドを用いさせ、体の歪みや癖を整えるための「調整運動」を
  就寝直前に行う。
卯時雨はこうした基本生活の改善とともにサンクロンの服用を勧めた。
サンクロンの効能は、食欲不振、疲労回復、口臭・体臭の除去、歯槽膿漏、口内炎である。用法は、通常一日3回、一回約2〜3ミリリットル を冷水、茶、牛乳などで適当に稀釈して飲む。植物の搾り汁然としていて決して美味しいものではない。が、慣れると特有の芳香のファンになるという。
 サンクロンは全く広告しないにもかかわらず、液体と軟膏の二品だけで会社(太平生物化学工業(※1)。東京・中野区)を維持してきた。医者 に愛用者が多いのがこの薬の特徴ともいえる。40年余にわたり健康保険適用医薬品だった経緯があるからだろう。即効性が求められる現代 医療にあって、1〜3カ月後にしか効果の現れないサンクロンは、時代遅れかもしれないが、保険適用外になっても医者は飲み続けている。 免疫力が強化され健康を支える。“軟膏パック”は中年女性の美顔法にも密かに応用されているという。
 卯時雨の長女・村山恭子社長(※2)の話。
「父は青野菜の補足物としてまったく私用のために開発した薬を病弱を跳ね返す基礎薬として毎日飲んでいました。床に臥せったのは死の 間際(まぎわ)、三日間だけでした。」
 平成6年5月没。享年91だった。

『日本の名薬』著者 山崎光夫(東洋経済新報社 2000年発行)より。
※ここで紹介する著述は、山崎光夫氏の承諾を得て掲載しています。
※『日本の名薬』は現在文春文庫の文庫本として出版されています。

※1 文中、「太平生物化学工業」は現在「株式会社サンクロン」として長野県上田市に
   展開している。
※2 文中、村山恭子氏は平成16年没。

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